来訪者コンコン、と控えめなノックの音がした。
「オドロキさーーん!お客さんですよ!!」
『成歩堂なんでも事務所』への来客は、正直言ってかなり少ない。
中学生のマジシャン、ピアノの弾けないピアニスト、それから新人弁護士。
……まあ、あれだ。かなり切羽詰った状況とかでもない限り、依頼しようという気にはならないと思う。
ある意味勇気ある行動だ。無謀、とも言えるが。
そんな無謀…もとい、勇気ある依頼人を出迎えるのは専ら所長であるみぬきちゃんだが(彼女に言わせればオレの営業スマイルはまだまだだそうだ。…営業スマイルって)、今は事務所の奥で着替え中の為、オレにその役目が回ってきたわけだ。「はい、どうぞ。……あれ?」
笑顔を浮かべ事務所のドアを開けたが、そこには誰もいない。
これはあれか。昔懐かしピンポンダッシュか。「どうしたんですか、オドロキさん。昔を懐かしむような顔して」
様子がおかしいことに気付いたのか、着替え終わったみぬきちゃんが軽い足取りでオレのそばにやってきた。
「いや。今確かに誰か来たと思うんだけど…いないんだよなぁ」
「オドロキさん…」
みぬきちゃんはしょーがないですね、もう。とでも言いたげな目をした。
「寝ぼけてたんでしょ」
いや待て。
「お客さんですよ!って言ったのはみぬきちゃんじゃ」
「…あの…」
「何言ってるんですか。アレはオドロキさんを試したんですよ」
「いや意味わかんないから」
「あの!」
「うわぁ!!」
「あ、まことさん!」
「へ」
「…こんにちは…」
ドアの陰から現れ、消え入りそうな声で頭を下げたのは、
数ヶ月前にオレが弁護をした……絵瀬まことさん、だった。「わぁー!こんにちは。どうしたんですか?
来るなら言ってくれれば迎えに行ったのに」営業スマイルじゃなく、心から嬉しそうにみぬきちゃんが顔を輝かせた。
まことさんは嬉しかったのかほんの少し頬を染め、ぽつりぽつりと言葉を紡ぐ。
彼女が言うにはオレ達を驚かそうと思って(あのまことさんが!)、オレの名刺を頼りにここまで一人で来るつもりだったらしい。
が、途中で名刺を失くしてしまい、連絡もできず途方に暮れたそうなのだ。「あれ?じゃあここまでどうやって……
あ!そうか、ソレですね!」みぬきちゃんがにこっと笑ってまことさんが胸に抱えているスケッチブックを指した。
「…はい…。通りがかった人に見せて…」
そう言いながらまことさんがスケッチブックをめくると、そこにはオレとみぬきちゃんと成歩堂さんの絵が描かれていた。
みぬきちゃんが「うわ〜!」と言いながらスケッチブックに飛びついた。「すごいすごい!やっぱりまことさんってすごく絵が上手ですよね。
ホラホラ、特にこのオドロキさんのツノなんか生きてるみたいですよ!」「なんだよ生きてるって…。ていうかツノって言うな」
「しょうがないですね。じゃ、触覚ってことで。
ていうかいつまで尻餅ついてんですか、もう」と呆れた目でオレを、次に壁掛け時計を見やると
「あーーー!!やばい、遅れちゃう!
まことさんごめんなさい!みぬき、もう出かけないといけないんです。
そうだ!良かったらぜひショーを見に来て下さいね!
オドロキさん、まことさんちゃんと連れてきて下さいよ!事務所はもう閉めちゃっていいですから!!
じゃ行って来まーす!!」と一気にまくし立てて事務所を飛び出して行った。
…通路を塞ぐかたちで立ち上がりかけたオレを突き飛ばして。「痛ぇ…」
「…くすくす…」
「ひどいなぁ、もう。…まことさんも笑わないで下さいよ」
「あ…すみません…。ふふ」
堪えきれないのか頬を赤らめて控えめに笑い続けるまことさん。
まあ、いいんだけどさ。あの事件から数ヶ月。時折オレ達はまことさんの元を訪れた。
会う度に笑顔が増えていく彼女の顔を見るのはやはり嬉しい。みぬきちゃんも成歩堂さんも、…もちろんオレも。
「どうぞ。まだ時間ありますから、お茶でも飲みませんか」「…はい、ありがとうございます」
- - - - - - - - - - - - - -このあと絵を見せてもらったり新しい名刺を渡したり。
実は帰ってきてたなるほどくんとみぬきちゃんがこっそり見てたり(笑)※絵板より再録・修正2回(笑)