冬の日

さくさくさく。

「なるほどくん」

「何?真宵ちゃん」

「寒い」

「…だろうね」

その日はこの冬いちばんの寒さで、なおかつ前日に降った雪が積もってたりした。
なのにこの子と言えばいつもの膝上丈の装束に下駄という格好だ。そりゃ寒いだろう。
ちなみに僕はもちろんコートを着てるしマフラーもしてるし手袋もしている。言うまでもない、寒いからだ。

真宵ちゃんは僕の首元や手にちらりと視線をよこした。

「なるほどくん。あのさ」

「お断りします」

「冷たッ!しかもまだ何も言ってないのに!」

そう言って真宵ちゃんは冷えて赤くなった頬をぱんぱんに膨らませた。
何も言ってなくてもその様子を見れば誰だってわかるだろう。
言っておくが、事務所を出る時に一応僕は止めたのだ。
薄着の女の子の横でぬくぬくと歩く男というのも見た目的にアレだし、そもそも真宵ちゃんが風邪をひくだろうから。
なのに、『これも修行のうちだからね!』と譲らなかったのは本人なのだ。

「貸してよ〜。寒いよ〜。
 いいじゃん、減るもんじゃなし」

「減るよ!」

「凍死したらはみちゃんに頼んで化けて出てやる」

「…具体的かつ実現可能だよね。
 わかったよ、ほら」

僕はコートを脱いで、真宵ちゃんに着せてやった。マフラーもぐるぐると巻きつける。

「え」

「ほら、手袋も」

「え。え。でも」

「いいよ。どう考えたって真宵ちゃんの方が薄着だろ。
 靴は無理だから、もう少し我慢しなよ」

「うん…」

最初の勢いはどこへやら、真宵ちゃんはうつむいてしまった。
多分自分勝手なことをしてしまったと落ち込んでいるのだろう。
手袋を渡した時に触れた手が、ひどく冷たくて真っ赤で、それから小さいなと思った。

さくさくさく。

「…あのね、この間はみちゃんが言ってたんだけど」

「うん?」

「楽しいことや嬉しいことは2倍になって、辛いことや悲しいことは半分になるんだってさ」

「んん?」

「んーと、何だっけ。細かいことは忘れたんだけど。
 『真宵さまとなるほどくんもそんなお二人に…』とか言ってたよ、はみちゃん」

「……………」

まあなんだかどこかで聞いたフレーズだとは思ったけど、まるっきり新婚夫婦に送る言葉じゃないか。
うっとりと語る春美ちゃんの姿が目に浮かぶ。

「この状況ってそれっぽいよね。
 ほら、寒さ半分こ」

「いやいやいや。僕は暖かさを奪われて不幸まっしぐらだから」

うんうん、と頷いている真宵ちゃんにすかさず突っ込むと、細かいなぁなるほどくんは、とじとーと見られてしまった。

「でもありがとうね」

そう言って僕を見上げてにこりと笑う。
真っ赤な頬とか、ぶかぶかのコートとか、ぐるぐる巻きのマフラーとかが、元々少し幼く見えがちの彼女を一層幼く見せた。

「…次はちゃんと着てきなよ」

「はぁい」




その日はこの冬いちばんの寒さで、しかも前日に降った雪が積もっていたりして、
隣りを歩く真宵ちゃんは嬉しそうにしていて、僕はコートもマフラーも手袋もなくて、

こころのどこかがほんの少し暖かな、そんな日だった。




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絵板より再録・修正2回(笑)

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