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ラフェットとその弟子が、中庭に出て花火の用意をしていた。木製の盆には冷えたスイカと麦茶が乗せられ、やっと落ち着きを取り戻した夏の夜空が見える。


縁側に二人、並んで座る。いつもは伸ばしたままの弟子の髪も、小さな飾りのついた紐で横脇にゆるく結わえられ、儚げな風情。


「……似合っているじゃないか」
「そ、そんなことないです……」


いつもの天使の正装とは異なる人間界の衣は、首筋もあらわに袖から覗く白い腕が艶めかしい。


「……いや、よく似合っている。私は嘘はつかない」


互いに向きあうことも無く、背を並べて呟く。先程まで剣を握っていたとは思えぬ、たおやかな身体の線が夏の夜に映える。


「……ありがとうございます」


縁側の軒の下、触れてはいない筈の互いの熱が、互いの心をいたずらに焦がした。





「――あついわねえ、まったく」


蝋燭に火を灯して庭の石に立てながら、ラフェットは手のひらで顔を扇いだ。


「イザヤール、玄関の脇に花火置きっぱなしだったの。取ってきてくれる?」
「……ああ、わかった」


まだ少し熱にやられているイザヤールを追い立て、ラフェットが隣りに座る。


「よかったわね、とてもよく似合ってるわ」
「本当に、ありがとうございます」
「うん。まったくねえ、イザヤールったら。もうちょっとなんとかならないのかしら。……アレでも、随分丸くなったのよ」


最後の言葉だけ、耳打ちされた。師は、こんなにも素敵な友人がいて、幸せ者だ。


「お師匠さまは、いつもとてもお優しいです」


その頬にさす紅は蝋燭の灯か。うつむき伏せた長い睫毛が、恥ずかしそうに可憐に揺れた。


(おやまあ……。よかったじゃないの、イザヤール)


――初めて灯した花火の美しさと、初めて着た人間界の衣の艶やかさ。夏の夜空はあまりにも遠く、楽しい時は瞬く間に過ぎ去って、微かな残り香を残すのみ。





帰り道、連れ立って歩いた。せっかくだから、と浴衣を着たままの弟子の足元はいつもより覚束無く、ゆっくりと月を眺めながら他愛もない話をする。


「人間界の夏は、天使界よりも若干暑いのだ。だから、様々なやり方で涼を取る」
「花火もそうなのですか?」
「ああ。目に鮮やかな瞬間の炎は、暑さを一瞬忘れるだろう」
「はい」


すれ違った天使が、隣の弟子の姿を目で追う。誇らしかったり、疎ましかったり。複雑なイザヤールの心を、弟子の一言が尚も悩ます。


「浴衣も見ていて涼しいですか?」


イザヤールを覗き込む弟子の首筋には、後れ毛がふわりと風になびく。この場合、なんと言って良いのか答えに窮したイザヤールは、小さく、ああ、とだけ答えた。



***************



帰ってから一大事が起こる。


「脱げません……」
「(ラフェット……!)」


天使の翼を通して羽織られた浴衣は、一人では着脱が困難な衣だった。


「お師匠さま……」




眉尻を下げてイザヤールを上目に見つめる弟子の姿に、イザヤールは激しく動揺した。帯も解き、胸元も少し肌けた弟子が助けを求めている。


こういう時に限って、いつもいる年配のメイドは夏休み中である。


「――わかった、待ちなさい。こういうことには準備が必要だ」


クローゼットのある部屋に足早に向かうイザヤール。目当ては目隠しするに足る長さのタオル。


(あいつは一体何を考えているんだ……!)


目隠しをし、決して弟子の身体に触れないよう、細心の注意を払って浴衣を脱がせる。目的を達成し目隠ししたまま部屋を出る師を、弟子はハラハラしながら見送った。





天空に漂う麗しき白亜の島に、その日は深夜まで冷水を浴びる神の御使の姿があったという。





Fin

ヨルダさんのサイトはこちらです → 「人形の手のひら」

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ヨルダさんから素敵なお話を頂いてしまいました(*´ω`*)
何ですかこれ何ですかこれ。超ツボ…!!
ここまで読んだ方なら、私の行き場のない気持ちが分かると思うのですが(笑)。ああ、どうしたら…(*´Д`)
とりあえず、ぶつけます!(何に)

先日描かせて頂いた絵のお礼、ということだったのですけれど、
むしろお願いして描かせて頂いた立場ですので、嬉しいやら申し訳ないやら…嬉しいですが!(笑)
最初、ヨルダさん宅のキルカさんで読ませて頂いてたんですが、
…ナインちゃんでも、読めるんですよー(*´ω`*)ウフフエヘヘ

情緒豊かな、艶やかな文章に私完全にノックアウトです。
最後には爆笑しました。師匠…!(笑)ラフェットさま、グッジョブ!

ヨルダさん、改めまして、ありがとうございました!!

(2010.6.21)


<追記>
調子に乗って、挿絵(らしきもの)を描いちゃいました!
浴衣のセンスがないことには目を瞑って下さい(;´Д`)
楽しかったことは言わずもがな。(特に2枚目)(冷水を浴びる師匠と迷いました笑)

(2010.7.4)

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